滋味如桃源

電子的高級洗練世相講談

熱意だけでは

 客商売というのは難しいもので、これは一種の心理学である。例えば店の前に立って「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と連呼したからといって客が入るとは限らない。「そんなことはないだろう。懸命に誠実に、魂を込めて呼びかければ必ず伝わるはずだ」というのは現実を知らない人間の言うことであって、大切なことはこちらの勝手な熱意を押し付けるのではなく、未知の空間である店舗内へと「入りやすい」雰囲気や環境を演出することなのである。

 どうも若いうちは、これに気付かない。熱意と誠意とハートとスピリットでぶつかれば、「お客様」も感動を共有してくださる。まるでどこかのブラック居酒屋みたいだが、そういう一方的な「熱さ」や「魂」を語る人間に限って、対象となる客の心理を読もうとしていない。目立つ格好をして鉢巻きして絶叫すれば客が寄ってくると思っているふしがあって、しかしそれは、大きな勘違いでしかない。
 俺は一生懸命やってるんだ、頑張ってるんだ、熱いエネルギーに満ちているんだ。それだけじゃ駄目なのだ。大人になるとそれがわかる。つまり160キロのタマが投げられるから凄いだろ、というだけではなくて、それを打とうとする打者の心理を読む、ということ。若さなんて、ほんの一瞬のことなのだ。これも大人になると、実感することになる。
 まるで競走馬のように、視界を狭める眼帯をつけて世の中をがむしゃらに疾走することが善だと思っている人には想像力が欠けていて、想像力とはつまり、相手の心理を読むという作業である。自分のやっていることが正しいのだ、他は間違っているのだ、と思い込む人間はそれだけで病気なのであって、何が正しくて何が間違っているのか、よくわからないのが大人の世界なのである。

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