滋味如桃源

電子的高級洗練世相講談

撃つべき相手は

 見た目の数字だけ強引に取り繕い、あるいは隠蔽し、舌足らずに景気がヨクナッタヨクナッタと気違い鳥の如く叫び続け、その嘘を暴こうとするマスコミ幹部に飯を食わせて黙らせ、都合の悪いニュースキャスターに圧力をかけて潰すという、これが民主主義国の仕業かと呆れるようなアホな経済政策があるのだが、その「効果」として現れたのは近年まれに見る格差の拡大と貧困である。なかでも大学生がその学費を賄えず、アルバイトを掛け持ちしたり場合によっては風俗店で売春まがいのことをする例や、奨学金を利用しても卒業後に安定した就職先が見つからぬために返済に困ったりと、幸福と安定を得るためであろう学歴のために、身も心もズタズタにされている例が多くあるようだ。

 ざっと検索しただけだが、学費などで国公立で4年で約450万円、私立文系で670万円かかる、という試算があるようだ。これに加え他県などで一人暮らしすると、約1000万~1200万円が必要とのこと。相当な金額である。

 わたくしの場合、幸か不幸か知らないが、生活のためのアルバイトなどすることも、学費について心配することもなく大学生活をやれてしまったのだけれど、いざ自分がそれを子供のために捻出するかも知れないぐらいの年齢が近づくと、ああそんなにかかるんだー、ということに気付くものだ。たけえよ大学。子供なんか作るもんじゃない。

 特に昨今の「大学生の貧困」報道では、奨学金の問題が大きく取り上げられている。これまでならばどうにかなったものが、もうどうしようもならない時代になったのだ。この辺を読むことができず、旧来からの苦学スタイルを踏襲していては、人間としてのサバイバル能力が問われることになるだろう。

 時間通りに電車が来るとは限らないのである。「時刻表にそう書いてあるじゃないか」と怒鳴っても、どうしようもならない場合があるのだ。「安全」なはずの原発が爆発し、放射能が撒き散らされても隠蔽されるような世の中なのだ。どんなことが起こっても、自らの努力と才覚で渡っていく力が求められる。

 大体において、この狭い国土に大学が多すぎるのではないか。実際に出生率も減少し続けているというのに、わけのわからない大学がたくさんあって、たとえば……とここで固有名詞を並べたいのだけれどぐっとこらえて、そうした大学でもいっちょ前の学費を取って学生を集めている。

 果たして日本の大学にそれだけのカネをつぎ込むだけの価値があるのか、ということである。有名どころはともかくとして、地方の私立大学などというものは、元知事みたいな奴が学長や理事長をやっていたり、官僚崩れやマスコミ元幹部が学者として禄を食んでいたりとか、大したことないゴミ野郎ばかりなのだ。それを運営する学校法人だって、地方の名士一族みたいな奴らがまるで王侯貴族みたいな暮らしをしていたり、中には政治と絡んで世襲政治家を何代も出している例もあるだろう。そういう連中が文科省から補助金をもらいながら、同時に高額な授業料を取って若者をギリギリの生活に追い込んでいるのである。本来なら学生たちがこれに怒るべきじゃないのか。悪いのは形の見えない「世の中」じゃない。目前の「敵」をちゃんと見据えないで、どうするんだ。

 かつての学生運動だって、授業料値上げへの反対闘争が始まりだったりする。なぜ高いと言わないのか、ふざけんなと言わないのか。ろくに研究もしない、論文も書かない学者は糾弾すべきだし、無意味に立派なキャンパスなんか必要ない。なぜ学生がそんなくだらないもののために、時給数百円のアルバイトで苦しまねばならないのか。日本人はおとなしすぎるのではないか。

 

 

 

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