滋味如桃源

電子的高級洗練世相講談

手首を浮かせる

 ノートパソコンにはたいてい、パームレストという部分がある。つまり手のひらの部分を置いて休ませる場所、ということだが、キーボードの手前、タッチパッドを挟んで左右に拡がるあの箇所に手を乗せ、指だけを動かすのが良くないらしい。
 手はパームレストに乗せず、宙に浮かせた状態で指を「打ち下ろす」。手首は固定せず、自由に移動できる体勢にしておく。重い両腕を吊り上げるような形なので疲労感はあるのだが、この方が指への負担が少なくなるらしい。
 しかし実際にやってみると、ゆっくり打つのはいいのだが、少し早くなると狙いが定まらないというのか、どうもしっくりこない。それでもまあ、やるしかないのであるが。
 夜に某TBSのCSチャンネルの「幻のドラマ」に関する特番を見た。30分ほどのもので、つまり70年代初期に有名スターを使って放送されたものの、その当時は高価だったビデオテープは上書きして使う(元の映像は当然消去される)のが常識で、恐らく消していたと思っていたものが、その原作者の手元に放送を録画したUマチック版があったそうで、それを放送する、というのである。
 なんだか知らないけどおもしろそうだな、と最後までその特集番組を見たら、「この番組は2013年●月に放送されたものです」と小さくテロップが出た。つまり2年前に既に話題になっていたものを、再放送するというだけの話だったのである。近いうちにやるらしいので見てみようかと思うが、まあどんなものなのか。
 何でも消しちゃうというのは、良くないんだな。映画は残っているが、テレビ番組というものは当時の感覚だと、消え物というか、流したものは振り返らないのが普通だったらしい。その何十年後にそうした作品がひとつのコンテンツ、時代資料として価値を持つなんて、考えもしなかったのだ。
 今はただのゴミにしか思えないものだって、もしかしたらそのうち大変な価値が出るかも知れない。何でも簡単に捨てちゃ駄目だなと思った。
 そうだ、その番組に当時量産されていたスケバン映画に出ていた女優のインタビューがあって、その頃撮っていた一連の作品はいま海外で売れているそうで、たぶんタランティーノの影響だろうと思うのだけれど、適当につくったゴミみたいな映画でも、いつかなにかの形で価値を持つことがあるのだ。彼らにとってはただ突っ走っていただけなのだろうけれど、そうやってがむしゃらに何かやっておけば、それがいつか何かの意味を持つことになる。だから何かきちっとしたものを、ちゃんと作り続けておく、残しておくことが大事なんだろうな。(推敲ゼロ)

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