滋味如桃源

電子的高級洗練世相講談

ある店の話

 とある駅前。日頃あまり通らない道を歩く。大きなショッピングセンターの脇に、商店街とまではいかないが中小の店が並んでいる。どれも開いてるのか閉まってるのかわからないほど廃れていて、そこにラーメン屋が見えた。

 その店には、一度だけ行ったことがある。恐らく90年代後半ぐらい、まだ携帯電話が普及する前のことだ。ある晩電車を降りて、軽く何か食べようと思ったときに灯りがついていたので入ってみた。店内には客がなく、汚れた白衣を着た中年の男がひとりいた。

 注文をしてカウンターに座ると、テレビでは巨人戦をやっていた。野球に興味ないのでぼんやりしていると、誰か巨人の選手がホームランを打った。すると調理中の男は突然、どこかへ電話をかけはじめた。

「おい、見たか、いま」

 えーっ。何やってんだこいつ。

「おう、おう。うん。そうだうん。おお」

 男は電話を切った。ここに客がいて、彼は注文を受けた品を調理している最中なのである。あまりにも緩みきったその様子に腹が立ち、ラーメンの味もひどくまずかったのを覚えている。二度と来るものかと思ったのは言うまでもない。

 

 久々に見たラーメン屋は黄色いビニール製のひさしが劣化して汚れており、店名の部分が白ペンキで四角く消されていた。持ち主が変わったのだろうか。昼時なのにシャッターが降りていて、その前に小さな紙片が貼ってある。近づいて見るとフェルトペンの文字で「病気加療のため当分休みます」と書いてあった。

 

 まあ、場所が悪いのだろう。駄目な店にはやはり、駄目になる理由がある。それに気付かない悲劇というものもあるのだ。

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