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滋味如桃源

電子的高級洗練世相講談

いちばんの進歩派は

quote ほん メモ

 ――コンピュータで世界がよけいに賢くなるわけじゃない。前の世紀は今より賢かったし、次の世紀はもっと愚かになるだろう。コンピュータを使える子供が掛算表を知らない。そこにもう退化の兆しが現れている。それに神秘や聖性はなくなってしまった。われわれはばかでできた知能機械に作り変えられ、もっと愚劣な矮人たちに奉仕するのだ。
(中略)
 ――そんなことを言って怒らせようとしたってだめだ。世界中がみんな進歩の肩をもつときに、いちばんの進歩派は、遮二無二走って取り返しのつかない損失に導くこの流れに抗議する者だ。

 

 

『余計者の告白』 アレクサンドル・ジノヴィエフ

思想調査の季節

メモ 世間話 政治

 選挙といって思い出すのは、街頭に貼られるポスターだろう。それも公式の掲示板に貼られた候補のそれではなく、一般の住宅の壁や窓ガラスに貼られている政党のポスターに目がいく。

 特に気になるのは、仏教系新興宗教のあの党だ。下駄の雪党、自称詩人で芸術家、大長編ベストセラーの作家であるという名誉会長がずっと平和主義を唱えてきたのに、生きているのか死んでいるのか、まさに神かくしならぬホトケ隠しみたいなもので、表に出てこなくなったと思ったらその思想もどこかへ行ってしまい、残った奴らは悪質なファシストの一味となって恥じるところがない。もし大日如来様がおわしましますならば、彼らにこそその身がはじけ飛び消滅するような仏罰を与えていただきたいものだと思うのだけれど、あのポスターはあまり金持ちの家には貼られていないのが不思議だ。
 お布施にカネを持っていかれるのか、何を作っているのかわからない古工場(ふるこうば)やペンキの剥げ色あせた商店、築40年ぐらいのボロアパートの2階あたりに堂々と主張しているのであって、これを見て経済が上向いているとか嘘を言い張ったところで、そのデタラメがよくわかるというものである。
 特にそれがご近所に貼られていたりすると、へえ、この家はアレだったんだ、と新たな発見をすることになる。もちろん現代の東京砂漠である、口などきいたこともないけれど、あそうなんだ、何かあってもかかわらないほうがいいな、特に電話番号は絶対に教えないようにしようと思う。

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熱意だけでは

メモ 日記

 客商売というのは難しいもので、これは一種の心理学である。例えば店の前に立って「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と連呼したからといって客が入るとは限らない。「そんなことはないだろう。懸命に誠実に、魂を込めて呼びかければ必ず伝わるはずだ」というのは現実を知らない人間の言うことであって、大切なことはこちらの勝手な熱意を押し付けるのではなく、未知の空間である店舗内へと「入りやすい」雰囲気や環境を演出することなのである。

 どうも若いうちは、これに気付かない。熱意と誠意とハートとスピリットでぶつかれば、「お客様」も感動を共有してくださる。まるでどこかのブラック居酒屋みたいだが、そういう一方的な「熱さ」や「魂」を語る人間に限って、対象となる客の心理を読もうとしていない。目立つ格好をして鉢巻きして絶叫すれば客が寄ってくると思っているふしがあって、しかしそれは、大きな勘違いでしかない。
 俺は一生懸命やってるんだ、頑張ってるんだ、熱いエネルギーに満ちているんだ。それだけじゃ駄目なのだ。大人になるとそれがわかる。つまり160キロのタマが投げられるから凄いだろ、というだけではなくて、それを打とうとする打者の心理を読む、ということ。若さなんて、ほんの一瞬のことなのだ。これも大人になると、実感することになる。
 まるで競走馬のように、視界を狭める眼帯をつけて世の中をがむしゃらに疾走することが善だと思っている人には想像力が欠けていて、想像力とはつまり、相手の心理を読むという作業である。自分のやっていることが正しいのだ、他は間違っているのだ、と思い込む人間はそれだけで病気なのであって、何が正しくて何が間違っているのか、よくわからないのが大人の世界なのである。

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